秩父札所TOP | 作法 | 札所紹介 | コラム

秩父札所TOP>コラム>現在でも役に立つお釈迦様の教え>誤った人生観

誤った人生観

この世には、三つの間違った見方がある。
もしこれらの見方に従って行くと、この世の全ての事が否定される事になる。

一つ目は、ある人は、人間がこの世で経験するどの様な事もすべて運命であると主張する。

二つ目は、ある人は、それは、すべて神のみ業(わざ)であるという。

三つ目は、またある人は、すべて因も縁もないものであるという。

もしも、すべてが運命によって定っているのであれば、この世において善いことをするのも悪いことをするのも、みな運命であり、幸も不幸もすべてが運命となって、運命の他には何も存在しない事になる。

したがって、人々にこれをしなければならない、これはしてはならないという希望も努力もなくなり、世の中の進歩も改良もない事になる。

次に神のみ業であるという説も最後の因も縁もないとする説も、同じ避難が浴びせられ、悪を離れ、善をなそうという意思も努力も意味も全てなくなってしまう。

だから、この三つの見方はみな誤っている。

どんな事も縁によって生じ、縁によって滅びるのである。

解説

これを読んでも意味が分からないと思う人も多いと思います。
簡単に言うと、この世の出来事は、全て原因があって起こるという事です。
例えば、他人の陰口で悩んでいる人がいるとします。
この人は、神に試練を与えられたのではありません。
陰口を言われるのは、何か原因があるのです。

この様に世の中の苦しみには、必ず原因があります。
その原因を知り、原因が起きない様にすれば、人は、苦しまなくて済む。
と、いうのがお釈迦様の教えの根本です。

ちなみに「因」とは、結果を生じされる直接的な原因。
「縁」というのは、それを助ける外的条件の事です。
「因縁所生」とも言います。
似た言葉に「因縁生起」というのがあります。
「縁起」(えんぎ)などとも略されて言われます。
こちらは、物事は、色々な存在がお互いに関係しあって起こるという意味です。

コラムへ戻る

現在でも役に立つお釈迦様の教えへ戻る

スポンサーリンク